短いサビ、中低音ブラス、カッティングギター……アイドルポップスのトレンドを探る|「偶像音楽 斯斯然然」第74回
冬将軍
音楽ものかき
-
ポスト
-
シェア
-
ブックマーク
多種多様なサウンドを聴かせるアイドル楽曲。今回は、その中にも存在するトレンドを一般的なポップミュージックと比較しながら考察。アイドルポップスの現在、そして未来の潮流について、冬将軍が独自の視点で綴っていく。
『偶像音楽 斯斯然然』
これはロックバンドの制作&マネジメントを長年経験してきた人間が、ロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週土曜日更新)。
アイドルシーンにさまざま音楽ジャンルが混在していることは今さら説明するまでもないのだが、時折冷静になって考えてみるとあり得ないほどのその幅の広さに驚く時がある。乱暴な言い方をすれば、アーティストやバンドではちょっと古く思ったり少々野暮ったさを感じたりするものでも、アイドルではそれが個性になることも少なくはない。いろんな意味で、自由と可能性に満ち溢れたシーンでもある。
とはいえ、トレンドはある。アイドルはメインストリームのカルチャーではないが、国内外ヒットチャートのポップミュージックの影響を受けて楽曲が制作されることもあるし、シーン特有の流行もある。現在、そして未来におけるアイドルポップスのトレンドを一般的なポップミュージックと照らし合わせて考えてみる。
ポップミュージックのトレンドを知るにはK-POPシーンを見るのが早い。K-POPがなぜ人気なのかといえば、それだけ流行に敏感で、そこを研究された制作が行なわれているからである。
2021年12月1日にデビューしたIVEは、すでに日本をはじめ多くの国から注目を浴びている韓国のガールズグループだ。
IVE「ELEVEN」から考える新たなトレンド
IVEは、IZ*ONEでは最年少だったユジンがリーダーを務め、同じくIZ*ONEのウォニョン、そして日本人メンバーのレイが所属する6人組。メンバーの平均身長が169cmと、近年の韓国ガールクラッシュを象徴するようなビジュアルの強さを持っているが、最年少のイソはまだ14歳……。いったい何を食べたらこんな大人びた14歳になるのだろう……とうもろこし茶か……?
そんなIVEのデビュー曲「ELEVEN」の快進撃。2022年1月中旬の時点でYouTube再生回数は6,400万を優に超えている。
IVE「ELEVEN」
「ELEVEN」は音数を抑えたミニマルなサウンド構成ながら、随所に散りばめられた中東風味が韓国語詞と混じり、良い意味でミスマッチとなって無国籍で妖艶な雰囲気を作り出している。前奏らしい前奏も間奏もなく、近年主流の短めのトータルタイムよりさらに短めの3分3秒ながら、一旦BPMを低くして助走をつけながらポップなサビへ持っていく、という隙のない展開でドラマティックな印象を受ける強曲。一聴してのインパクトは少なめながらも、ついついリピートしてしまう曲の長さと、聴けば聴くほどに魅せられていく中毒性は今や海外ポップミュージックの常套句である。
一旦BPMを低くしてポップなサビへ、という手法は、妖しいラップ的な平歌から解放感のあるポップなサビへと移行する別曲感を繋ぐブリッジとしてウマく機能している。ヒップホップやラップミュージックでは珍しくはない手法だが、ポップミュージックでここまで大胆に使用されることは珍しく、新鮮に聴こえる。2022年は、サビ前に一旦BPMを低くする手法が流行るかもしれない。
SNSの“切り取り”による、短くなっていくサビ
「ELEVEN」は曲線的でなだらかなダンスも魅力的。TikTokで「#ELEVENchallenge」をスタートさせた。2022年1月中旬の時点で、同ハッシュタグは460万視聴に迫る勢いであり、モーニング娘。’22の森戸知沙希やAKB48の本田仁美をはじめ、多くのアイドルも挑戦している。
このBPMを低くしてからのサビへの突入部分は、短い時間で見せるTikTokにおける導入部分として最適であり、切り取りやすさを含めて、バズることに長けていると言っても言い過ぎではないだろう。
2021年、TikTokでバズったアイドルソングといえば、超ときめき♡宣伝部「すきっ!〜超ver〜」だ。
超ときめき♡宣伝部「すきっ!〜超ver〜」
同曲は2018年の曲をリアレンジ、再レコーディングしたものだが、なんといっても耳に残る《すきっ!》の連呼フレーズが、TikTokの切り取り文化にバッチリハマったことも勝因の1つだろう。「すきっ!〜超ver〜」は旧曲であるが、アイドルファンのみならず、音楽ファンの間でも大きく注目を浴びた、ばってん少女隊の「OiSa」はまさにそこを狙って制作された楽曲である。TikTokではないが、呪文のようにくり返される《OiSa》の連呼がリスナーの耳を襲い、多くの人がその奇妙な中毒性に侵されたわけである。
ばってん少女隊「OiSa」
先述のとおり、楽曲自体の尺は短く、前奏も極力少なくするのがポップミュージックのトレンド、主流になっている。そこにあるものはリピート再生のしやすさ。一般リスナーのメインとなる音楽再生手段がオーディオ機器からスマートフォンへと移り変わり、音楽を聴く行為自体が手軽になっていることも大きいわけだが、実売数よりも再生回数へと変わったストリーミング市場も影響している。さらにSNSで切り取られた楽曲はアプリ上でループ再生されるのだ。その究極形態が《すきっ!》や《OiSa》という言葉の連呼であると言える。
これについては、「OiSa」の作曲者である渡邊忍(ASPARAGUS)が“サビが短くなっている”、“印象づける時間が短くなっている”という現代ポップスの傾向を分析し、その最短形態といえるのが「OiSa」であると語っている。
ばってん少女隊『OiSa』- 制作談話 【渡邊 忍 (ASPARAGUS) × 杉本陽里子(ondo)】
タイアップから多くのヒット曲が生まれた90年代は、30秒や60秒といったテレビCM尺に合わせてサビが作られ、それが話題となってはじめて平歌部分が作られて楽曲リリースに至る、ということが多くあった。そこまでとは言わないにせよ、TikTokをはじめ、SNSで切り取られることを想定した短いサビ、わかりやすい構成、そこを踏まえた楽曲制作が今後もっと意識されていくことだろう。
次ページ