里咲りさ&ノトフ(東京アイドル劇場)対談|日本一健康的なアイドルプロジェクト始動「幸せな形でアイドルになれる場を作りたい」

里咲りさ&ノトフ(東京アイドル劇場)対談|日本一健康的なアイドルプロジェクト始動「幸せな形でアイドルになれる場を作りたい」 里咲りさ&ノトフ(東京アイドル劇場)が語る「Girls Live Project」の可能性

鈴木 健也

Pop'n'Roll Editor in Chief(編集長)

2018.12.10
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“対バン”形式が主流のアイドルイベントの中で、1つの会場で1日に複数のグループの“単独公演”を組むというユニークなイベント運営を行っている東京アイドル劇場。これまでTask have Fun、絶対直球女子!プレイボールズ、神宿などが同劇場で定期公演を開催し、多くのファンを獲得している。そんな東京アイドル劇場が、固定メンバー制のグループではなく、公演によってアイドルが変わるという新しいライブプロジェクト“Girls Live Project”をスタート。2018年12月には、里咲りさを総合プロデューサー、槙田紗子をスーパーバイザーに迎え、今後コンテンツ展開をより積極的に進めていくという。今回、里咲と東京アイドル劇場運営のノトフの対談を実施。Girls Live Projectの現状と今後の展望とともに、現在のアイドルシーンに対する想いをじっくり語ってもらった。

曲や衣装が先にあって、そこに出演者を集めていくスタイル(ノトフ)

――そもそもGirls Live Project(以下、GLP)を始めようと思ったきっかけを教えてください。

ノトフ:
理由はたくさんあるのですが、一番は僕が東京アイドル劇場というイベントを運営していて、オリジナルコンテンツもやってみたいと思ったことです。そこでアイドルグループを作るというのが一般的だと思うんですが、僕の力ではアイドルグループを運営することはできないと思っていました。また、東京アイドル劇場というプラットフォームに対してアイドルグループというコンテンツを作ることも合わないと思っていて。それで長い間どうしようかな?と考えていた時に、曲が先にあって、曲に対して人を集めるというやり方だったら成り立つかなと思ったんです。曲や衣装が先にあって、そこに出演者を集めていくスタイル。演劇とかのやり方に似ています。

――ある意味、その題材を演じるのは誰でもいいという。

ノトフ:
例えば、先に人ありきで曲を作ると、その人たちがいなくなった時に曲が受け継がれていかないという問題があって。まあ、メンバーの脱退と加入をくり返すグループだったら、曲を受け継ぐこともできるのですが。でも、そういう問題もあるので、曲を先に作るスタイルだと、受け継いでいけるのかなと思いました。

――GLPが始まったのはいつからですか?

ノトフ:
オーディションを始めたのは去年の春からで、5月くらいに初顔合わせをしました。初お披露目が2017年7月29日で、1年半くらい経ったぐらいですね。

『Girls Live Project』ロゴ(デザイン:澤井真吾)

――里咲さんがGLPのプロデューサーに就任したいきさつは?

ノトフ:
まず里咲さんには曲作りをお願いしたんです。

里咲:
“里咲公演を1つ作ってください”っていうお願いをもらって。確か、今年の6月くらいに私のトークイベントにいらしていただいたんですよね?

ノトフ:
そうです。その時、里咲さんのあるブログを読んでいて……。

里咲:
アイドルに対する自分の葛藤を書いたものですよね。

ノトフ:
そう。「アイドルが限界を感じたとき」ってタイトルのブログで、その内容に感激して、この人に仕事を依頼したいって思ったんです。それでイベントに行って、生身の里咲さんを見た時に、やっぱりこの人だ!って思って依頼しました。

里咲:
私、Zepp DiverCityワンマン(2017年9月22日)のあと疲れ果てちゃって、里咲りさでやれることをやり切ったと思ってたんです。セルフのソロアイドルとして、Zeppワンマンまでやったら、そりゃ100点だろうって(笑)。そのあとに何かをやるのは、ちょっときついなって思ってました。私、よく別名義で活動したりするんですよ。“少女閣下のインターナショナル”っていうアイドルグループをやっていた時もありましたし、“あ、ピンチ”っていう音楽ユニットをやっていたこともあって。そういう感覚で、“里咲りさ”を休止して、“Pinokko”で曲を出していきますって言ったら、予想以上に急に舵を切ってしまったようで、ファンの人たちがついて来られなかったんです(笑)。

――里咲さんに“アイドル”を求めていたファンの方たちには、方向性が変わりすぎているように見えたんですね。

里咲:
そうなんです。でも、私はけっこう真面目に考えてやっていて。中堅どころのアイドルさんが解散しちゃったり、いろんな運営さんから今ちょっと大変なんですっていうような話を聞いたりして、アイドルシーンが小さくなっていくような空気を感じていたので、違うカードを切らないと生き残っていけないなって思っていました。「アイドルが限界を感じたとき」っていうブログでは、私が違う名義というカードを切った時の心境を書いたんです。今とは考えていることが違うところもあるんですけどね(笑)。Pinokkoの名義は残していますが、今は里咲りさで武道館まで頑張ろうと思っています。

ノトフ:
ブログでは、アイドルというジャンルの限界点について書いていましたよね。

里咲:
もっと健康的なことを発信していきたいと思っていました。Zeppワンマンをやる時に、ファンの人がすごく協力してくれたんですけど、疲弊もさせてしまってそれが申し訳なくて。Zepp後にメジャーデビューをしてファンの方を安心させよう!と思ったのですが、私の音楽や活動スタイルはあまりにもバラバラで。それを“アイドル”ってジャンルがパッケージしてくれていたんです。逆に言えば、キャラクター以上に、“どういう音楽をやっていきたいか”というところに軸がなさすぎて、Zeppより上のステージに行くには、まず自分のフィールドで自分のスタイルを確立し直さなければいけないなと思ったんです。そういう流れで、新しいレーベルを作って、里咲りさの新しいステージとして、Pinokkoっていうコンテンツを作ろうとしました。ジャンルの限界点をそれで超えたかったんですよね。

――ある意味、アーティスト然としたものにしようと思ったんですね。

里咲:
そうですね。でも、人には向き/不向きというものがありまして(笑)。やってみて、私は“里咲りさ”を続けるべきだなって思いました。けっこう無名だったから、表沙汰になっていないだけで、これまでも活動していく中で、“これやってみよう、失敗した”、“これやってみよう、成功した”っていうのがけっこうあるんですよ。その中の1つでPinokkoをやっていた時に、ノトフさんに声をかけてもらえました。

ノトフ:
僕の中では、実際にお会いする前から発注しようというのは決まっていました。最初は1公演作ってくださいっていう発注だったんですけど、このプロジェクトの説明をした時に思いの外反応がよくて。

里咲:
GLPは、“場”があるのが面白いと思いました。その時期、私、ライブハウスを作りたいと思っていて、物件を探して申し込みにも行っていたんです。それで、GLPの曲を作るために東京アイドル劇場を観に行ったりして、いろいろ調べているうちに、ここはこういう風にしたらいいのになって思い始めて。GLPのメンバーはみんな可愛いから、個別で写真を撮った方がもっと可愛く見えると思って、ノトフさんにアーティスト写真撮り直しませんか?って提案しました。

ノトフ:
その時にもっと手伝わせてくださいって言っていただけたんです。

里咲:
言いたくなっちゃった(笑)。

――GLPに伸び代を感じたんですね。

里咲:
私、意外とプロデュースをお願いしますってお話をもらうんですけど、やり切れないので断ることがけっこうあって。GLPは、公演もあって、場もあって、女の子もいて、伸び代もある。これからもアイドルを目指す子が減らないのなら、アイドルが健康的にできる場があったらいいのになって思っていて。自分がやれるか、ちょっと不安なんですけど、やりたいなって思いました。

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