【コラム】神宿、“第2章”の革新と躍進 この1年で手に入れた比類なきアイドル性を紐解く

【コラム】神宿、“第2章”の革新と躍進 この1年で手に入れた比類なきアイドル性を紐解く

冬将軍

音楽ものかき

2020.05.03
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神宿がデジタルリリースした「在ルモノシラズ」は、不思議な曲だ。無機的なトラックと昂揚を敢えて遮っていくようなボーカル。情緒を欠き、緩急だけが錯綜していく世界観。どこか不安定な空気を感じさせながらも、きっちり解放へと向かっていく。

神宿「在ルモノシラズ」MV

楽曲を手掛けたのは異能のクリエイター・Misumi。数多くVOCALOID殿堂入りを果たした実績を持つボカロPの出自であり、現在はYouTube発のクリエイティブレーベル『KAMITSUBAKI STUDIO』所属の音楽ユニット・DUSTCELLとして活動しながら、バーチャルシンガー・理芽の楽曲制作や、VTuber・ピンキーポップヘップバーンのリミックスなど、幅広い活躍を見せている。アンビエントからダンスチューンまで、制作の守備範囲は広いが、不穏さを掻き立てるダークファンタジーはMisumiの作家性の大きな特性である。

Misumi - オルターエゴ feat.初音ミク

そうした現在の音楽シーンに刺激を与える、どこか陰を漂わせる気鋭クリエイターが、典型的な陽を放つアイドルグループ・神宿の楽曲を手掛けるという意外性は、奇妙な組み合わせながらも存在感に満ちたものとなった。

Misumi楽曲は抑揚のついたメロディよりも、3連符、6連符……といった精巧なリズムによって、トラックに絡み合って構築された符割りが多く用いられる。「在ルモノシラズ」もそういった緻密な楽曲構築に加えて、5人のボーカルを活かしながら複雑極まりないメロディラインが交錯している。上善水如、澄んだ水の流れのような塩見きらと、微妙に表情を変えながらリズムの間を転がっていく一ノ瀬みか。対称的な倍音を持ちながらもミステリアスさを醸すこの2つの冷ややかな声の中で、羽島めいの艶やかな声と羽島みきの可憐な声がアイドルグループであることを思い出させてくれる。そして、4人の間を小山ひなが伸びやかな声で自由闊達にあでやかにすり抜けながら紡いでいくのである。神宿のボーカルプロダクトを存分に堪能できる曲だ。

“好きな相手が死ぬ系映画”“今日も“今”が過ぎていた”“群青の空が眩しく光っている”……印象的な表現、曖昧な言葉選びと内に向けられた思いが綴られている。詞をMisumiとともに手掛けたのは塩見きら。彼女の心的傾向が曲調と絶妙にマッチして落とし込まれており、それがアーティスティックなアイドル性を香らせている。

個人的に、彼女が連載している「超!アニメディア『神宿・塩見きらのゆるりと真剣にアニメ語り!』」における、今にも“小生”と言い出しかねない独特の文体が気になっていた。「先日iPadを購入したが、キーボードがカサカサ乾いた音がして大変気色が悪い」などと、昭和の文豪さながらの言い回しには思わず舌を巻いたものだ。そんな彼女であるから、歌詞を書くことは必然であったように思える。とはいえ、彼女がキラキラとしたアイドルソングの歌詞を書くことは想像し難く、そういう意味では「在ルモノシラズ」との相性は抜群であり、いや、彼女がこの楽曲を引き寄せたと言っていいだろう。

ちょうど1年前の2019年4月に加入した塩見が神宿にもたらしたものは多々あれど、根本的にあるものは、良い意味でのダークマターになっていることが大きいと思っている。10代を煌めくアイドルに捧げてきた他4人とは違い、普通の女の子として過ごしてきた塩見との経験差が好い相乗効果を生み、第2章、現在の神宿が創られていると言っていい。見方を変えれば、彼女の存在があったからこそ、「在ルモノシラズ」のような陰を孕む楽曲と相見えることができたはずだ。

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