アイナ・ジ・エンド、夏焼雅と鈴木愛理、=LOVE野口…… アイドルが深化するシンガーとしての境地|「偶像音楽 斯斯然然」第51回

アイナ・ジ・エンド、夏焼雅と鈴木愛理、=LOVE野口…… アイドルが深化するシンガーとしての境地|「偶像音楽 斯斯然然」第51回 「偶像音楽 斯斯然然」第51回

冬将軍

音楽ものかき

2021.02.27
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初のソロアルバム『THE END』で、ボーカリストとして、シンガーソングライターとして、新しい境地を見せたBiSHのアイナ・ジ・エンド。今回は同作を皮切りに、夏焼雅、鈴木愛理、藤川千愛、野口衣織(=LOVE)、三品瑠香(わーすた)、一ノ瀬みか(神宿)など、元アイドル/現役アイドルたちの“シンガー”としての側面を掘り下げる。“アイドルとは? アーティストとは?” 時に大きな論争を巻き起こすこのテーマについても、冬将軍が持論を展開する。

『偶像音楽 斯斯然然』
これはロックバンドの制作&マネジメントを長年経験してきた人間が、ロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週土曜日更新)。

アイナ・ジ・エンド、初のソロアルバム『THE END』は多方面からボーカリストとして高い評価を受けていた彼女が、シンガーソングライターとしての才華を見事に表現した作品である。唯一無二のボーカルスタイルは、これまでもMONDO GROSSOやSUGIZOといった錚々たるアーティストとのコラボにて、BiSHとは異なる境地を開拓してきた。本作では作詞作曲というアーティスティックな側面にて、繊細な作家性からなる1つの世界観を見事に表している。決して派手な印象はないのだが、聴けば聴くほどに奥ゆかしさを感じることができる作品だ。

同時に、アイドルとは? シンガーとは? アーティストとは? そんなことを改めて考えさせられた。

アイナ・ジ・エンド シンガーソングライターとしての境地

亀田誠治をサウンドプロデューサーとして迎えることによって、オルタナティヴな女性アーティストとしての姿を顕在化させた印象も強く、単刀直入にいってしまえば、どこか椎名林檎を想起させるところも多い。亀田の印象的なベースライン&サウンドメイクもそうだが、西川進(Gt)、皆川真人(Pf)、河村“カースケ”智康(Dr)……といった亀田ワークスではお馴染みのバックミュージシャンもそうした色を濃くしている。ライブサポートには名越由貴夫(Gt)が参加しているというではないか。

アイナ・ジ・エンド - 金木犀 [Official Music Video]

柔らかいメロディの「金木犀」。穏やかなピアノの旋律で優しく包み込むような歌声、と思えば後半は怒涛のファズベースが猛り狂う。淡々としながらも突如スイッチの入ったボーカルの緩急が美しい「ハロウ」。無機質ながらも奇抜なベースのパッセージと突如襲う爆撃ギターは亀田&西川コンビだから成せる業。そうしたオルタナティヴロックのアプローチが印象的でありつつも、「きえないで」のどこか童謡的な旋律、「日々」のアーシーな響き、「死にたい夜にかぎって」のおおらかなアコースティック……という歌謡曲〜ニューミュージック〜J-POPという普遍的な手法の中で、さまざまなボーカルの表情を見せている。表現というよりも、まさに表情というべきもの。楽曲に合わせたボーカルスタイルではなく、そのボーカルこそが楽曲そのものであるという趣きだ。アレンジに関しても、歌に寄り添ったりあえて離れてみたり。必要最低限の音で構築されている。歌、質感、聴き心地……、いろんな意味で、BiSHでは感じることのできなかったアイナの魅力が浮き彫りになっている。

アイナ・ジ・エンド - ハロウ [Dance Movie]

BiSHでは、セントチヒロ・チッチにアユニ・D……、といった個性派ボーカリストの中でのアイナという存在。ソロ作品では当たり前だが、最初から最後まで独壇場である。歌の見せ方も見え方も異なって当然。音楽の方向性も異なる。しかしながら、個人的に1番大きな違いを感じたのは、ボーカルの息遣い、もっというならばディレクションの違いだ。

言わずもがな、BiSHのサウンドプロデューサーは松隈ケンタ。ハードなバンドサウンドを基調としたサウンドプロダクトに定評がある。さらにはそうしたバンドサウンドに合わせたボーカルのディレクションだ。バンドのグルーヴに添うブレスとアクセントの強化、日本詞のイントネーションをズラしながら英詞っぽく聴かせ、そこに“しゃくり”と“がなり”が加わって、WACKらしさともいえるボーカルスタイルが完成される。そうした松隈プロデュースの下、ブリティッシュシンガーのようなスモーキーでハスキーな声を全面に出した、アイナのあの独特なスタイルが生まれた。自分のスタイルが完全に確立された現在、彼女自身が赴くままに歌ったらどうなるか? その答えがこの『THE END』にある。

アイナ・ジ・エンド - NaNa

「NaNa」で聴けるスカしたようなクールな響き、「静的情夜」のアクセントをなくした平らな歌い方はこれまでなかったものであるし、「STEP by STEP」はロック色を見せながらもわざとすっぽ抜けたような力まない歌い方に徹している。どこをどう聴いてもアイナでありながら、BiSHでは見せてこなかった、いや、新たに開花したボーカルスタイルであるだろう。個人的に以前からアイナはBjörkに通じる狂気性があると思っており、そういう意味ではSUGIZOによる「光の涯」の神秘性を放ちながらも隣り合わせにある怖さ、これを聴いてみたかったのだと心底思った。今作ではその狂気性のダークサイドというべき「虹」が持つ和情緒な不気味さ、さらには、アルバム収録曲ではないのだが、ダークウェーヴをオルタナティヴロックで昇華した「誰誰誰」にグッときた。

アイナ・ジ・エンド - 誰誰誰 [Official Music Video]

そして、『THE FIRST TAKE』で聴ける「オーケストラ」は、こうしたソロアルバム制作で得たものを彼女なりに解釈し直したものであろう。ソロ活動での経験値が今後のBiSHにどう反映されていくのか楽しみになる歌である。

アイナ・ジ・エンド - オーケストラ / THE FIRST TAKE

このソロアルバム『THE END』はアイナにとって、BiSHにとっても重要なものであると同時に、シーンにおいても大きな意味を示したといっていい。何を示したのかといえば、アイドルとしての可能性を大幅に拡げたことだ。現在のBiSHがアイドルなのかという捉え方は人それぞれだと思うが、BiSHがアイドルの可能性を拡げたことは間違いない。さらにそのBiSHの中心人物であるアイナが、こうしてシンガーソングライターとしての存在をしっかり知らしめたことは、アイドルが活動し、深化していく1つの完成型を世に示したといっていいだろう。しかも、グループが活動中でのこと、ということも大きな意味があったように思えてならない。ソロ活動がよりグループの活性に繋がっていくことが明白であるからだ。それは、バンドという新たな道で、WACKグループとして初の日本武道館のステージに立ったアユニ・DのPEDROも同じである。

PEDRO / 東京 [日本武道館単独公演 ”生活と記憶”]

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