10代ロックファンにずっおのアむドル、楜曲掟ロックおやじが口にする「アむドルの枠を超えおいる」「偶像音楜 斯斯然然」第26回

10代ロックファンにずっおのアむドル、楜曲掟ロックおやじが口にする「アむドルの枠を超えおいる」「偶像音楜 斯斯然然」第26回

10代ロックファンにずっおのアむドル、楜曲掟ロックおやじが口にする「アむドルの枠を超えおいる」「偶像音楜 斯斯然然」第26回

これは、ロック畑で育っおきた人間がロック芖点でアむドルの音楜を奜き勝手に語る、ロック奜きによるロック奜きのためのアむドル深読みコラム連茉である隔週土曜日曎新。

倧人たちの蚀う「アむドルの枠を超えおいる」

倧人がよく口にする“アむドルの枠を超えおいる”“アむドルらしからぬ”ずいった衚珟を䞀郚のアむドルファンがあたり奜たないのは、アむドルシヌンをよく知っおいるからであっお、そうではない局ぞ向けおアむドルの魅力を䌝えるのには有効的な衚珟であったりもする。“アむドルか、バンドアヌティストか”論争の延長線䞊にあるように芋えおも、別にアむドルを蔑んでいるわけではない。偏芋ずいうよりも、“かわいい”ずか“綺麗”ずか、はたたた“歌はヘタりマが可愛らしい”ずいった、パブリックむメヌゞずしおあるアむドル像を芆す、いい意味での耒め蚀葉なのである。

たずえアむドル自䜓に興味がなくずも、幅広く音楜を愉しんでいる人であればアむドルの存圚は無芖できないこずは蚀わずもがな、音楜性の広さず自由床は倚くの音楜ファンが認めるずころである。しかしながら、ずりわけアむドルシヌンの深いずころたでは知られおいないこずも倚く、たずえば“ペンラむトを振らないアむドルのラむブ”があるこずや、新宿LOFTや目黒鹿鳎通ずいったか぀お“バンドの聖地”ず呌ばれおいたラむブハりスが、今は“アむドルの聖地”ずなっおいるこずは意倖ず知られおいない。いわゆる、ラむブアむドルず呌ばれるようなむンディペンデントのシヌンは、実際に足を運んでみないずわからないものだ。それは音楜業界で働く人間であっおも、だ。だから私はそういう話をしお興味を持った業界の人間を、ラむブアむドルのラむブに誘うこずがある。そうしお圌らはラむブを芳終わった埌、驚きず称賛を蟌めながら決たっおこう口にするのだ。

“アむドルの枠を超えおいる”ず。

私はその蚀葉を、アむドルにハマりかけた時の合図のようなものだず捉えおいる。

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