アニメ『推し武道』から考える“推し”の概念と、インフルエンサーが生み出す新時代アイドル像|「偶像音楽 斯斯然然」第24回

アニメ『推し武道』から考える“推し”の概念と、インフルエンサーが生み出す新時代アイドル像|「偶像音楽 斯斯然然」第24回

アニメ『推し武道』から考える“推し”の概念と、インフルエンサーが生み出す新時代アイドル像|「偶像音楽 斯斯然然」第24回

これは、ロック畑で育ってきた人間がロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週土曜日更新)。

ヲタクとアイドルの心理を絶妙に描いた現在放送中のTVアニメ『推しが武道館いってくれたら死ぬ』が面白い。岡山県の地下アイドル・ChamJamの人気最下位メンバー・市井舞菜と、不器用さゆえの彼女の塩対応を“舞菜が生きていることが私へのファンサ”と捉える舞菜のトップヲタ・えりぴよとの、“アイドルヲタクあるある”要素満載のすれ違いを見ていると、何だか胸を締めつけられるような気分になる。

【ChamJam】『ずっと ChamJam』Special Music Video【推しが武道館いってくれたら死ぬ】

岡山という立地も、生粋の神奈川県民である私のような首都圏人から見ると、現実と非現実の間にあるファンタジー要素が強く感じられて新鮮に映る。さらにバンドマン的な目線で見れば、全国ツアーを組む際に“広島飛ばしの岡山(※広島はメジャー/インディーズ問わず集客が難しい都市といわれており、ツアーで中国地方を1ヵ所選ぶのなら広島よりも岡山を選ぶバンドも多い。90年代に大ブレイクしたとあるグループは、広島だけソールドアウトすることができないために、ツアー初日をあえて広島にしていたという逸話がある)”などと言われることも多く、“中国地方で1番ライブが盛り上がる都市は岡山”(私の周りでは……)という認識が強いため、岡山のヲタクがアツいというのは、何だか妙な説得力がある。

登場人物を見れば、えりぴよ(ヲタ)は舞菜(アイドル)推し、くまさ(ヲタ)は五十嵐れお(アイドル)推し、基(ヲタ)は松山空音(アイドル)推し……といったヲタクと推しメンの関係性をピックアップしつつ物語が展開していくわけだが、“人の推しはどうでもいい(by えりぴよ)”“(人の推しは)本当に興味ない(by くまさ)”(第6話より)などと、“自分の推しメンしか見ていない”というヲタク特性の極端な部分がコミカルさを強く演出している。これは昨年2019年夏に放送されていたNHKドラマ『だから私は推しました』でも話の大きな軸になっていたことであり、物語としてキャッチーに描きやすいということはあるにせよ、“アイドルヲタク=推しメンありき”というパブリックイメージが完全に出来上がっていることを表しているように思える。

元を辿れば、“推し”はAKB48登場以降の“総選挙”や“個別握手会”といった、グループではなく個人を応援していくアイドルコンテンツによって普及した、“好き”とは少々異なるニュアンスを持つ言葉である。ハロー!プロジェクトではモーニング娘。が早くから卒業加入システムを取り入れていたわけだが、そういったメンバー個人を応援するコンテンツは存在しておらず、私を含めたハロプロ好き=ハロヲタからすると、当時はこの“推し”という言葉に何だか違和感を覚えていたものだ。グループ全体を応援しているという意味の“箱推し”という言葉もあるわけだが、それもなんだか違う。グループが好きなのは当たり前のことだからだ。余談であるが、“ヲタク”か“オタク”かの表記で印象は異なるが、ハロヲタの間では“ヲタク”表記が絶対であった(モーヲタ=モーニング娘。のヲタク、ベリヲタ=Berryz工房のヲタク、など)。であるから、本稿では“ヲタク”表記に統一している。

今ではすっかりアイドル文化どころか、いろいろなところでも使われている“推し”。その言葉が持つ汎用性は理解しつつ、濫用具合いに違和感を覚えるのは一部のヲタク、ファン側だけではない。演者側にもいる。バンドマン界隈である。全員がそう思っているわけではないのだが、ファンから自分のことを“推し”と呼ばれることをあまりよく思っていない、……といった話を最近私の周りでよく耳にするのだ。彼らは別にアイドルに対して偏見を持っているわけではなく、ただ単純に“バンドにそうした異文化を持ち込まなくともいいんじゃね?”と言いたいわけだ。彼らの声をまとめると、“○○(バンド名)が好き、メンバーではギターの誰々が好き、それでいいじゃん。それをわざわざ“誰々推しです!”と言い換えて、“好きです!”じゃなくて“推してます!”と言われても……”ということなのである。グループとはいえど個人競技的な側面をも持つアイドルと、チームプレイで成り立っているバンド、当人たちからしてみればファンの応援の捉え方も変わってくるというわけだ。何でもかんでも“推し”がファンの愛情表現として通用するわけではない、TPOを弁えて使用した方がいいのかもしれない。応援の形は自由だけど、バンドマンに直接“推してます!”と言っても喜んでもらえないこともあるぞ、という話だ。

とはいえ、ジャニーズファンの“自担”や、宝塚ファンの“贔屓”のように、LUNA SEAにおける“RYUスレ(RYUICHI SLAVE=RYUICHIファン)”や“SUGIスレ(SUGIZO SLAVE=SUGIZOファン)”、DIR EN GREYは“京虜(京ファン)”や“薫虜(薫ファン)”といった、ヴィジュアル系シーンなどに多く見受けられる、バンドによっての文化もある。ただ、それを“推し”とは呼び換えないよね、ということでもある。

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