槙田紗子[インタビュー前編]振付師としての本懐「自分の頭の中を他人が表現してくれることが何物にも代えがたい喜び」

槙田紗子[インタビュー前編]振付師としての本懐「自分の頭の中を他人が表現してくれることが何物にも代えがたい喜び」

槙田紗子[インタビュー前編]振付師としての本懐「自分の頭の中を他人が表現してくれることが何物にも代えがたい喜び」槙田紗子 インタビュー

アイドル時代はPASSPO☆のメンバーとして活躍し、現在は振付師を軸に、写真展の開催や舞台への出演、そしてアイドルイベントのプロデュースなどを手がけている槙田紗子。そんな彼女の活動は、アイドルのセカンドキャリアの1つのモデルケースとして注目されている。光り輝く表舞台への未練は一切なく、現在は裏方であることに誇りを持っているという槙田に、今回インタビューを実施。前編となる今回は、振付師となったいきさつをはじめ、アイドルの振り付けについてじっくり語ってもらった。

自分が表現するよりも、他人に表現してもらう喜びの方が勝った

――槙田さんは、PASSPO☆時代に振り付けを始めたんですよね?

槙田:
そうです。アルバムをリリースするタイミングって、新曲が一気に5~7曲増えるじゃないですか。それで『JEJEJEJET!!』(2013年12月リリース)というアルバムが出る時に、メンバーが振り付けをやってみようってことになったんです。その頃、メンバーの玉井杏奈が曲の一部を振り付けしたりしていて、彼女は以前から振り付けに興味があるみたいだったし、即興で踊るのも得意だったんですよ。でも、私は絶対にやりたくないと思っていました(笑)。私、ものすごく考えてからじゃないと踊れなかったんです。即興で踊るなんて無理だし、すぐに振り付けが思い浮かぶなんてこともなくて。“うわぁ~、私は無理だな、やりたくないな”って思っていたんですけど、“杏奈がやったんだから、次は紗子でしょ”って言われて(笑)。それで「MASK」という曲の振り付けを担当することになったんです。1曲、振り付けをやってみたら、今度はサンミニッツという後輩グループの振り付けもちょいちょいやるようになって、そうしている間に、私も振り付けを考えることに抵抗がなくなってきたんです。当時は“自分たちでいろいろなことをやっていかないといけない”っていう雰囲気が、グループの中にあったんですよ。それぞれのメンバーが、クリエイティヴな才能を持っていないと、メンバーとしての立ち位置が確立できないというか……。

――確かにPASSPO☆は、メンバーがいろいろなことに挑戦していましたよね。

槙田:
作詞ができる子だったり、衣装が作れる子だったり、楽器ができる子だったり、そういうメンバーが増えていったので、私もできることを増やさなくちゃって思っていたんです。だから、振り付けがやりたいというよりも、自分のできることを増やしたい、できることが増えることで目立ちたいというガッツから、振り付けをやるようになったんです(笑)。後輩グループの振り付けをやるようになったのも、ほかのメンバーはグループ内で収まっているけど、外の仕事はしていないので、同じ事務所内だけど、ほかのグループの仕事をやれば、自分の仕事が広がったような見え方になるから、これはいいぞと(笑)。そんな気持ちでやっていました(笑)。

――ちょっと打算があったんですね(笑)。

槙田:
でも、「Perfect Sky」(2014年3月リリース)というシングルのカップリングに「FAKE」という曲が収録されたんですけど、そのデモを聴いた時に、初めて自分から振り付けしたいと思ったんです。デモを聴いた段階では、まだ誰が振り付けをやるか決まっていなくて、たぶん、竹中(夏海)先生に頼むつもりだったと思うんですけど、速攻で社長に電話しました(笑)。もう決まっていたらまずいと思って。“「FAKE」の振り付けって、誰がやるか決まっていますか?”“いや、まだだよ”“私がやりたいです!”“いいよ”って(笑)。

――「FAKE」のどんなところに惹かれて、振り付けをやりたいと思ったんですか?

槙田:
純粋に好きな曲だったというのが1番なんですけど、歌詞がすごく素敵で。情景描写が細かくて、世界観がはっきりした曲だったんですよ。そういう曲だったので、すごく“降ってきた”んです。これは絶対にこういう振りにしたいっていう画が見えて。私、もともとは振り付けよりもライヴ演出に興味があったんですよ。例えば、当時だと少女時代のライヴは、映像と照明とセットをフル活用していて、パフォーマンスだけじゃなくて、総合的に魅せるもので。そういうのを観るのが好きで、あんな演出がやりたいなと思っていました。でも、ライヴ演出をやるためには、振り付けってすごく必要だなと思うようになって。「FAKE」の頃は、演出をやりたいと思っていた気持ちと、振り付けが抵抗なくできるようになって面白くなってきたという気持ちが、どんどん近づいてきていた時期だったんだと思います。振付師から演出家になった方も多いですし、振付師が演出もやってほしいと頼まれることも多いので、“演出家の知り合いはいないけど、振付師だったら、自分でもなれる”って思ったんです(笑)。誰か演出家の方を探して、弟子入りさせてくださいっていうあてはないけど、振付師から演出家へ進む道だったら、今すぐに歩き始められるなって。

――演出家の夢は、将来を見越してのものだったんですか?

槙田:
将来の夢ですね。30歳、40歳になった時に、ライヴの演出ができるようになっていればいいなって。PASSPO☆の活動をしている中で、そういう気持ちになったんです。それで、ライヴの一部分を任せてもらったりしていました。1曲にむちゃくちゃこだわってやっていましたね。サウンドプロデュースをしてくださっていた“ペンネとアラビアータ機長”(阿久津健太郎)に、“この曲、1分くらいのロングSEをつけてください! ストリングスで!”みたいなお願いをしていました(笑)。その1分間の演出を、台詞のない劇みたいなものにしたんです。台詞はないけど、台本をめっちゃ書きました(笑)。メンバーだった奥仲麻琴は『仮面ライダーウィザード』に出演したり、芝居がやりたい子だったので、まこっちゃんを主役にして。台本を渡して“こういうストーリーで、こういう気持ちだから、こんな風に演技して”って指示して、映像や照明にもいろいろお願いしてやりました。それがめちゃめちゃ楽しかったんですよ。楽しすぎちゃって、自分が表現する喜びよりも、他人に表現してもらう喜びの方が勝っちゃったんです(笑)。

――PASSPO☆の頃からすでに裏方志向だったんですね。

槙田:
そうですね。もちろん、若かったので目立ちたいっていう気持ちもありましたよ。中学生の頃から始めているので。売れたい、有名になりたい、街で気づかれたい……そんなピュアな子供心でアイドルをやっていたんですけど、だんだん大人になってきて、自分というものが形成されていく中で、“自分はそっちじゃないんだ”って気づいた(笑)。今は、自分の頭の中を他人が表現してくれることが、何物にも代えがたい喜びですね。

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