マーキュロ[1万字インタビュー 第6回]藍咲ユウリが追い求める唯一無二のアイドル「昭和は東京グランギニョル、令和はマーキュロ」

マーキュロ[1万字インタビュー 第6回]藍咲ユウリが追い求める唯一無二のアイドル「昭和は東京グランギニョル、令和はマーキュロ」

マーキュロ[1万字インタビュー 第6回]藍咲ユウリが追い求める唯一無二のアイドル「昭和は東京グランギニョル、令和はマーキュロ」マーキュロ 1万字インタビュー第6回:藍咲ユウリ

耽美的で退廃的な世界観を押し出し、現在のライブアイドルシーンの中で異彩を放ちながらも、その存在感を急激に高めているマーキュロ。“絶望”を歌いながら多くのファンの心を鷲掴みにしている7人のダークヒロインの素顔に迫るため、今回、メンバーそれぞれ1万字に及ぶパーソナルインタビューを敢行。これまでの人生とマーキュロでの活動についてじっくり語ってもらった。第6回目となる本日は、藍咲ユウリのインタビューをお届けする。

アイドルになるきっかけになったところに騙されて

ーー熊本から単身東京へ出て来たユウリさんのアイドル人生に迫りたいのですが、小さい頃はどんな子でしたか?

ユウリ:
真面目だったと思います。でも根っから真面目というわけではなくて、変わったことが好きで、目立ちたいなと思ったりもするし、創作、絵を描いたり歌ったりするのが好きだけど、それをするのが許してもらえない家庭環境だったので。アイドルとかイラストレーターとか、そういう活動をしたかったけど、反対されて……それもそうだよなということで、諦めて過ごしてました。

ーー厳しい家庭だった。

ユウリ:
めちゃくちゃ厳しくて、高校生の時もみんなスマートフォンを持ってたけど、自分だけ持ってない。門限は17時。なので、今だから言えるけど、遅く帰る口実で生徒会に入って。生徒会活動してる間、ちょっとだけ居残りができるから楽しかったなって。

ーー家に帰りたくなかった。

ユウリ:
厳しかったから、怖かったんですよね。そういう時に寄り添ってくれたのがやっぱり創作物であったり、音楽だった。でも憧れはするけど、自分が行く道はそうじゃないと思っていた……という感じで。大学では児童福祉を学んでたんですけど、やっぱりアイドルとか、創作することで人を幸せにすることができたら素敵なことだし、それが本当に自分のやりたいことだし、自分の人生にも昇華できていいんじゃないかって思ったのが、東京に出て来た理由でした。

ーー諦めていた芸能、アイドルを目指すきっかけになったのは?

ユウリ:
1度、死のうとしたことがあったんです……けど、助かって、それで吹っ切れました。これまでとは違う形で自分の人生に納得しようと思って。踊り手の活動をして、それ経由でアイドルの誘いがありました。そこに乗ってみたのがきっかけです。でも、そのきっかけになったところに騙されてしまって。“住むところもあるし、この日にもうデビューできるよ”みたいな。美味い話なんですけど。東京に行ったら住むところもなく……。途方に暮れて知り合いの伝手を転々として、デビューをしたんですけど、ウマくいかず。そこから自分の反骨心であったり、よくない境遇の仲間に寄り添ったり代弁したりするアイドルになりたくて……っていうグループを1回作ったんです、自分で。けど、解散しちゃって。それでなんやかんやでマーキュロに辿り着きました。

ーー波乱だ……。学生時代はどうだったんですか?

ユウリ:
学校がもう大好きで、そこしか居場所がない。家にいたくないので。スマホ持ってないから自分だけLINEできないのに、みんなが声をかけてくれたりとか。友達にはすごく恵まれてきたと思います。

ーー社交的だったんですか。

ユウリ:
学級委員とか生徒会とか、よくやってました。

ーーおお、勉強は?

ユウリ:
勉強は普通ぐらいですかね、得意/不得意のアベレージを取ったら普通くらいで。パソコンとか情報系は好きなんですけど、簿記とかになってくると全然わかんないみたいな。

ーー部活はやっていました?

ユウリ:
高校は美術部の幽霊部員をやって、生徒会をやってました。中学では吹奏楽にちょっとだけ入っていて。パーカッションですね。でもちゃんとしてない感じの活動でした。みんなグラウンドを見て“あの男子カッコいい!”とか言っていて、“なんだこりゃ”と思ってやめました。

ーー音楽をやりたかったんですか?

ユウリ:
やりたかったんですけどね。創作的な自己表現をやりたくて、どこに出すわけでもない詞を書いたり、イラストを描いたりしてました。そういう親に隠れてコソコソやってたことが、アイドルになってちょっとずつ活かされてよかったなって思います。

ーー大人になったら、早く家を出たいと考えていたんですか。

ユウリ:
大学から一人暮らしをしました。親からはめちゃくちゃ反対されましたけど、高校の担任の先生にも協力してもらって。実際一人暮らしを始めるんですけど、“今、大学から帰りました、これからバイトに行きます”“バイトから帰りました”“もう寝ます”っていうメールをしなきゃいけなくて、親に。最初はそれをちゃんと守ってたんですけど、サークルの先輩が、“それ、嘘ついてもバレないよ”って。でもわかんなくて、親って不思議な力で見抜いてきそうだと思っていたから。でも、ある日バイト終わりに嘘ついて送ったんです、“今、帰りました”って。でも全然バレなかった。というところからちょっとずつ楽しくなってきて、自我が芽生えて、やりたいことがもっと見つかっていきました。

ーー自由になれた、そして楽しみ方を見つけることができたわけですね。

ユウリ:
そうです。そんなに飲みに行きまくって遊びまくるとかはないんですけど、バンドやってる人の中にいたので、夢とか展望とか、人生観を語ってくれる先輩がいたり。ものすごく大切な時期でした。今の自分に至るまでのものが作られたと思います。

ーーユウリさんもバンドでドラムやってたんですよね。

ユウリ:
コピーをちょっとだけ。同じサークルのメンバーとやってたんですけど、プロを目指すわけじゃなくて。楽しくてサークル入ってる子もいるから、なかなか活動がなかったのと、あとシンプルに部費が高くて。なんか、飲み会が多かったんですよ。飲み代にお金払いたくないなってことで辞めちゃいましたね。生活費とか教材代とかは自分のバイト代から全部払って、学費は奨学金で借りてるし、無駄遣いはできないなってことで。辞めて、踊ってみたをやったら楽しかったから、踊ってみたをやってました。それからは。

ーーそれはネットにアップしたり?

ユウリ:
アップはせずにいろいろやってたんですけど、たまたま学内で踊ってみたやコスプレやってみたいって子がいたから、イベントに誘われて1回だけっていう気持ちで行ったら、そこでカメラマンさんやコスプレイヤーさんとかと仲よくなって。コスプレする頻度が増えて、踊ってみたもネットに上げるようになったんです。その活動が見つかって、アイドルへのお声が掛かって、みたいな感じで繋がっていきます。

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