『推しの子』にみる無敵で最強のアイドルポップスと2023年“推し活”事情｜「偶像音楽 斯斯然然」第105回

拡がる推し活

『推しの子』がそうであるようにすっかり定着した“推し”。もともとは“○○推し”といった、アイドルを応援するために使用されてきた言葉だが、昨今は“推し活”と言われるよう、アイドルに限らずアニメキャラ、俳優やアスリート、はたまたモノに至るまで幅広く使われるようになった。数年前に某バンドマンが“バンドメンバーに対して「推しメン」と呼ぶのはいかがなものか”と苦言を呈していたが、それも今や否定できないほどに広まっている。今さらそこに嫌悪感を抱くまでもないだろう。それこそ一昔前までは蔑称でもあった“オタク”や“ヲタク”と同様に世間に浸透しているわけだ。

シンデレラ宣言！「推し!!!!!」

現在多くのZ世代は何かしらのヲタクであり、“推し活”をしていると言われている。ひと昔前であれば男女間における恋愛的な告白であった“好き”の表現は、推し活文化が根付いたことで“推しへの愛”という広義的にライトな意味として使用されるようになった。アイドルから発信される“好き”は男性ファンへの疑似恋愛的な誘発要素よりも、もっと広義へ向けたものとなっており、そこには“「love」か「like」か”だけをはかることのできないものへと変化しつつある。

超ときめき♡宣伝部「LOVEイヤイヤ期」

TikTokにより、「すきっ！」が大バズした超ときめき♡宣伝部の新曲「LOVEイヤイヤ期」。《すき！》を連発した「すきっ！」とは異なる女子の心の内を連発していく楽曲。言うなれば女子特有の“承認欲求”のかたまりのような内容である。ちなみに同曲は昨今の海外トレンド楽曲尺3分を大幅に切った、2分45秒曲という驚きの潔さ。それでいてものすごい情報量を持っている。

SNSとインフルエンサーの台頭によって、一般ユーザーの承認欲求も高まっている。高嶺のなでしこ「可愛くてごめん」を取ってみても、一昔前であれば男性から見ると“面倒くさい”とあしらわれそうな女子が、アイコンとして同性同年代の共感を得ているのである。

高嶺のなでしこ「可愛くてごめん」

地雷系メイク＆ファッションの流行は、地下アイドルファンの影響が大きいわけだが、コロナ禍におけるライブハウスの状況がそこをさらに変化させた。モッシュやダイブとまではいかなくとも、圧縮されることを想定の上で軽装で臨むことが当たり前とされていた場所が、大きく変わったのである。どこか怖い、近づきがたいイメージのあったライブハウスも、自分の場所をちゃんと確保できるようになり気軽に行けるようになった。加えて、おしゃれをして足を運ぶような場所になったのである。地下アイドル、ライブアイドルにおける若い女性ファンはコロナ禍で急増した。

のんふぃく！「プラトニックチョロニン」

“今、会いにいけるアイドル”は、“今、一緒に写真を撮りたいアイドル”に変わっている。推しの髪型やメイク、ネイルを真似てみたり、推しに可愛く見られたいという女性ファンも多い。チェキや写メに加えてTikTok動画撮影を特典会の項目に加えているグループもいる。推しとともに歌い踊り、推しに愛を叫ぶ。それをTikTokにアップするのだ。推し活の多様性と現代的承認欲求の象徴するものだろう。

“推し”は英語で“favorite”、“fave”と訳されるそうだが、その熱狂具合いに加えて“布教”と呼ばれるような拡散応援活動的な意味合いを含めた“推し”とは似て非なるものだろう。かといって、メディアなどで使用される“パワープッシュ”といった“push＝押す”とも意味が異なる。“推し”は『推しの子』効果もあり、“可愛い＝kawaii”や“萌え＝moe”と同様に、これもまた英語に訳せない日本語として海外に広まっていくのかもしれない。