今だからこそ聴きたいBELLRING少女ハート、黒服V系譜から紐解くベルハーの世界|「偶像音楽 斯斯然然」第82回

今だからこそ聴きたいBELLRING少女ハート、黒服V系譜から紐解くベルハーの世界|「偶像音楽 斯斯然然」第82回

今だからこそ聴きたいBELLRING少女ハート、黒服V系譜から紐解くベルハーの世界|「偶像音楽 斯斯然然」第82回

高い音楽性と圧倒的なパフォーマンスで、現在のロックアイドルシーンに大きな影響を残したBELLRING少女ハート。

2016年12月31日にグループは崩壊したが、先日、10周年記念として楽曲のサブスクを解禁。さらに、『BELLRING少女ハート '22』として、年内ライブ活動を行なうことを発表した。

今回は改めて、音楽ファンの心を揺さぶるBELLRING少女ハートの特異性を、冬将軍が独自の視点で掘り下げる。

『偶像音楽 斯斯然然』
これはロックバンドの制作&マネジメントを長年経験してきた人間が、ロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週土曜日更新)。

BELLRING少女ハート(以下、ベルハー)が2022年4月24日、恵比寿LIQUIDROOMで開催したワンマンライブ<BABEL ’22>。ダークウェイヴからギラギラのオルタナティヴロックまで、自由闊達変幻自在の音楽を掻き鳴らし、小河原唯、橘田あまね、新倉のあ、美波未優という4人による最新型の“BELLRING少女ハート’22”を魅せてくれた。私自身はベルハー自体にはそんなに想い入れはないので、フラットな心持ちで観ることができたわけだが、ステージの4人から放たれるエネルギー、それを受けて沸き立つフロア……ここ2年のコロナ禍におけるライブにおいて、最も熱量を帯びた空間であったと思う。

ベルハーなくして、現在のライブアイドルの中で一翼を担っているロックアイドルのシーンは生まれなかったと言っていい。ロックバンドの手法をアイドルのフォーマットに落とし込んだのはBiSだが、音楽マニアの思考をアイドルのフォーマットで見事に体現したのはベルハーである。多くの音楽マニアを唸らせ、熱狂させ、そして2016年12月31日に崩壊した。今年2022年に10周年を迎え、ライブ活動と各音楽ストリーミングサービスでの配信が始まった現在だったからこそ、このベルハーの特異な存在について考えていきたい。

難易度の高すぎる楽曲から生まれる危うさ

ベルハーはアイドル特有の強みと弱み、表裏一体のバランスを操っていたグループであった。生演奏ではないというアイドルソングの特性を、クオリティの高いオケで強みとし、そこに相反する弱み、“未完のボーカルとパフォーマンス”を逆手に取って魅せていく。それは“学芸会以下”とも言われたライブで発揮され、カルト的な人気を誇った。テクニックや技術よりも感情のすべても剥き出しにしていくのだ。一聴して違和感しかないボーカルも慣れると中毒性を帯びてくる。私は、ベルハー楽曲はカッコいいと思っていたものの、そのボーカルに馴染むことができず、いまいちハマれなかったのだが。

BELLRING少女ハート「ROOM 24-7」(2016年)

ベルハーのすごさは、こうした“学芸会以下”を保っていたことである。活動を続ければスキルが上がっていくことは当然でもあるが、そこに合わせて楽曲の難易度レベルも上がっていく……というよりも、そもそもきちんと歌うことが困難なメロディラインなのである。このオケ(アレンジ)にこのメロディ……? と思うところもあり、メロディライン重視、というよりも意図的に歌えないメロディを作っている。音の高低差の起伏は激しく、女性ボーカルの音域を完全に無視した高音域もしばし登場し、ファルセット(裏声)を用いずにチェストボイス(地声)で歌っている。今回のベルハー’22ではスキルの高いメンバーが集まったが故に、そうしたベルハー楽曲の難易度の高さを改めて実感した。ミックスボイス(地声と裏声の中間の声)を巧みに使いこなすレベルの高いシンガーだとしても、完璧に歌いこなすのは不可能であろう。パフォーマンスにしても多くのグループが用いるようなフォーメーションを活かしたものとは異なるベクトルであり、きっちり決められたダンスや振り付けというよりも、衝動的な身体の躍動感をありったけそのまま演舞として表現している趣がある。故に、時として壊れてしまうのではないかという危険性を孕んでいるように思えるのだ。

しかしながら、そのギリギリの危うさこそが大きな魅力になっている。そこから生まれる揺らぎが焦燥感や刹那的な感情として、聴き手に揺さぶりを掛けてくるのだ。アイドルを応援することはその成長を見守ることでもあり、一瞬の輝きを見逃さないことでもある。このベルハーの混沌とした世界観の中には、そうしたものを見出すどころか、むしろそればかりが詰まっているのである。

BELLRING少女ハート「GIGABITE」(2015年)

セーラー服に上履き、黒い羽根、黒髪……というビジュアルもゴシックでアングラ感があり、エロティックすぎず、ロリータすぎず、清純派とは異なるが少女性を感じるところだ。アイドルにしては異質であり地味に思えても、とにかくステージ映え、パフォーマンス映えする衣装である。

今回のベルハーは、旧体制とは別モノである。大きな魅力であった“ギリギリの危うさ”はなく、先日のLIQUIDROOMのステージを観て感じたのは、楽曲とグループが持つ世界観を完成度の高いところに持っていこうとする気迫のすさまじさだった。だからこそ、旧来とは別の意味で折れてしまいそうな、研ぎ澄まされているからこその危うさがそこにあった。そもそも今回の復活に関しては、ディレクター田中紘治が“シンプルに、お客さんとライヴハウスでベルハーの音楽を聴きたかった”と語っているように、単純な理由である。ベルハーの難解でもあり多くのロックファンの心を突き動かした珠玉の楽曲群を2022年の解釈で再構築する、それがBELLRING少女ハート’22である。だからこそ、回顧でなくとも、私のように当時いまいち夢中になれなかった人や、崩壊以降にロックアイドルに興味を持った人にもぜひ聴いてもらいたい、体感してもらいたいグループである。

BELLRING少女ハート「c.a.n.d.y.」(2014年)
もはやこれはオマージュでもなくBlur「Song2」の新たな解釈によるカバーである

特異な存在が目立つが、その音楽は深く、聴けば聴くほどに発見もある。

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